世界でREIKIが普及する背景にあるもの
これは、2014年の隔月刊誌「セラピスト」8月号に『世界の医療現場で活用される日本発祥の「靈氣」の現在』という記事が掲載されていたのをきっかけに、いろいろ考察したことを元に加筆してゆるりはブログに再掲載しています。
世界のREIKI
文中には海外ではどんどんレイキが広まりグローバルスタンダードな療法として確立されつつあり、法整備の段階に進んでいる国もあるとありました。こちらは6年前の雑誌記事ですが、YouTubeで検索すると海外メディアでREIKIを取り上げた番組をいくつも見つけることができます。10年位前のものが多いようです。
on CNN 医療現場で取り入れられたREIKI
on BBC ストレスをテーマに話している番組内で紹介されるREIKI。ヒーリングの類に懐疑的なレポーターがREIKIクラスに参加してすっかりハマる様子がレポートされています。
on ABC 日本古来からの癒しの技法としてREIKIを紹介。ストレスの軽減に有効、実例を紹介しています。
一部抜粋にて転載:
またレイキは、カイロプラクテックやアロマトリートメント、リフレクソロジーなどの手技療法と組み合わせる
ことで、施術の効果を高めることが可能。これが、代替医療の現場にレイキが広がった大きな要因と言えるでしょう
オハイオ州にあるCleaveland clinicが配布しているREIKIのパンフレット reiki-factsheet
ドイツでは、医師免許などのライセンスがなくてもカウンセリングの一種としてレイキヒーリングを行って良いということが最高裁判所で認められました。また、レイキを学ぶ人への助成金も政府が認定。施術に課せられていた税金の引き下げも検討されています。職業としてのレイキヒーラーが認められる段階にきているのです。
残念ながら日本は、靈氣発祥国にも関わらず、靈氣後進国であるのが現実です。
この記事を読んだ時に率直に私が感じたことは、
ふ~ん。そっか。世界はすごいなぁ。
西洋医療と東洋医療が現場でも融合されつつあるんだ。
エネルギー療法というものにも理解があるんだ。
レイキにも保険がきくなんて凄い!
アメリカやヨーロッパの人は、代替医療になんて明るいんだろう。
日本でも広がるといいのになぁ。
医療現場で使われていったらいいのに。
科学的立証がないものは門前払いかなぁ。
手かざしとか宗教とかそういう偏見がある社会では、ハードル高いのかな。
いや、近い将来日本もそうなるに違いない?!
現代の日本で普及しない理由
そもそもREIKIは戦前の日本で構築された日本的思想が盛り込まれた心身改善臼井靈氣療法という民間療法が由来です。また、日本人は、万物に神々が宿ると信じているとてもスピリチュアルで空気を読むことにも長けている民族です。なぜ日本生まれのものなのに日本で普及しないのかを考察してみました。ちなみに2010年の東京新聞記事内、米軍で霊気を使用している記述があります。(補足:昭和初期の日本海軍では軍港に靈氣の支部が置かれ、海軍内で靈氣が普及していました。)
西洋医学には5つの流れがあり、
- ホメオパシー(同種療法)
- ナチュロパシー(自然療法)
- サイコセラピー(心理療法)
- オステオパシー(整骨療法)
- アロパシー(逆症療法)→(対症療法)
西洋医学が誕生してから、長い間この5つの流派が並行して包括的な医療が円滑に行われていました。18世紀の後半からヨーロッパ各地でアロパシー以外は排除され「アロパシー=西洋医学」という医療体系が確立されていきました。そしてそれがそのまま鎖国が解けた日本に導入された為、日本の医学もクスリで病気を治すのが当然のように思われて現在に至っています。日本の医学界にアロパシー以外の要素が抜け落ちているのが、補完代替療法の普及が進まない1つではないでしょうか。
終戦前は医療従事者がまだまだ少なく、ほとんどの医療は自由診療で高額でした。明治・大正時代は様々な民間療法や代替療法が存在し、家庭内で身近なものを使いながら治療をするという文化が庶民の間にはありました。戦後まもなくに国民皆保険制度が導入され、誰でも気軽に医者にかかり、クスリを処方され病気を治すというのが定着し、習慣化していきました。これはとても便利で幸せなことではありますが、その一方ですっかり自分たちの日常的な健康管理に対して意識を払わなくなってきてしまってはいないでしょうか。医者に頼り、クスリを過信する一方で、現代の私たちは元来持っていた繊細な感性を活用することなく、自然の叡智を見失い続けているということが、意識レベルでも日本でレイキという自然エネルギー療法が浸透、普及していかない理由の1つなのかもしれません。
世界と日本の差
REIKIのみならず、世界と日本で補完代替療法の普及の違いは、自分のからだの健康管理に責任をもっているどうか、意識の違いが大きいのではないでしょうか。現実的に「お金の問題」に直結し、その問題が「いのちの問題」にも直結しているからでしょう。日本には、誰でも気軽に自由に診療を受けることができる国民皆保険制度があります。過剰なほどの医療依存に陥っている日本の社会において「自分のからだやこころの状態を、自ら注意深く観察する」ということを忘れてしまっているのではないかと思います。具合が悪くなったら医者にかかればいいと。そして、医者でなければ、専門の医療機器を使わなければ、数値として確認できなければ、「わからない」と。
自助か公助か。
自力本願か他力本願か。
医療レベルの問題。
医療費の問題。
健康保険の問題。
世界と日本の差はここにある、のではないでしょうか。
各国の医療システム
レイキを含むエネルギー療法・エネルギー補完療法に保険がおりたり、それらが医療プログラムサービスのひとつになっていたり、街中にREIKIの看板をみかけたり、扱うクリニックがそこそこあったり…と医療の現場に近いところでも特にレイキが受け入れられ広がりつつあるのはアメリカ、イギリス、ドイツ、オーストラリアあたりのようです。(2014年調べのもの、現在はより広域で活用されていると勝手に推測)
アメリカでは
アメリカの医療格差や医療システムについては知っている方も、多いと思います。マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「シッコ」は有名です。自己破産の6割以上が高額医療費が原因、そのうち民間の医療保険に加入していたにも拘らず…という人が8割以上だそうです。病気になってからの治療費は一般的に高額なうえ、場合によっては保険屋が支払いを渋ることも珍しくありません。一方で予防医療は比較的低額なうえに、保険もおりやすいそうです。
例えば日本でも歯科は自由診療枠が広いので高額医療費がかかってくる可能性が極めて高いですが、それでも歯医者も3ヶ月ごとの定期検診で行くから、あるいは痛くならない限りはと、年単位で足を運ばないというのをよく耳にします。アメリカでは、虫歯になってからの治療費は高額なので、日頃からこまめに予防のためのデンタルケアを受けるのが一般的だそうです。(どの階級でもかそうなのかどうかは定かではありません)「自助の精神」と言えば聞こえはとても良いですが、上流階級の人々以外はそうそう簡単に大病を患うわけにも、診療を受けるわけにもいかないという現状がみえてきます。
イギリスでは
イギリスは「ゆりかごから墓場までの社会保障」という文言や、医療費無料とか聞いたことがあるかと思います。高齢者、子ども、生活保護者、障害者は薬も無料です。それだけに、所得税負担は20~40%。税金が高いことでも有名な国です。でも無料は公共施設だけ、そして普通に受けれる医療レベルが日本と同様と思ったら事情は大分違うようです。診療所で診てもらうにも予約が必要だし、風邪で発熱があっても早くて二日後受診。日本と同じ位お薬を一週間分処方されたら数千円以上。すぐにでも診療を受けたい、新しい医療技術でお願いしたいとなれば民間施設。民間は勿論高額だから、医療保険に加入する必要があります。
ドイツでは
ドイツには、日本の国民皆保険のモデルとしたようなものが前身なのでちょっと似ています。全員加入の公か私の保険があり、家庭医経由で病院を受診。3か月ごとの初診時に10ユーロ支払ったらその間は様々な通院治療が受けられるそうです。(便宜上、一か所にいろいろなクリニックが入っているビルが街にはよくあるとのこと)基本的には保険でカバーされ18歳までは医療費無料。最近は自己負担項目が増える傾向で、手厚い保険制度と高齢化で医療費が増加中。日本と同じ問題を抱えています。近年、国が予防医療に力を入れているそうです。
スペインでは
スペインでは、社会保障保険に加入さえしていれば「国が国民の健康を無償で保障する」という姿勢のもと医療施設の8割を占める公共施設で医療がタダで受けられます。ただし、めちゃくちゃ混んでいるし、やはり高度医療を求めたり、いますぐ診てもらいたいとなれば残り2割の民間施設で100%自己負担で受診するほかありません。
オーストラリアでは
オーストラリアも、基本無料でイギリス同様GP(一般医)システムを導入しています。そもそもすぐに病院で診てもらうという流れになっていません。眼科と歯科は公的保険外だし、命に係る怪我や病気でなければ、非常に長い待ち時間が必要だそう。(数か月とか)それを回避しようと思ったら、やっぱり民間へ。そのためには年間かなりの高額医療保険に加入する必要があります。
イタリアでは
イタリアも、公的医療は国民保険サービスによって提供され、全ての市民・滞在者に提供され外科手術も入院も無料。財源は全て税金。家庭医を経て、専門医療へ引き継がれるシステムなのでやはり勝手に、目の調子が悪いと思っても眼科へ直行はできません。家庭医が紹介すれば、専門医療費も無料ですが公的機関では大抵数ヶ月待ち、民間では数週間、待たずに診療を受けたいと思えばやっぱり自由診療となって全額自己負担になります。
日本と諸外国との違い
日本では、高度な医療サービス、医療技術を諸外国に比べたらうんと安い保険料と医療費の負担で、誰もが平等に迅速に受けることができます。専門医にすぐかかることができます。そして、子どもは医療費も薬も無料。(出産費用が無料にならないのが残念です。)日本では珍しくないこの医療サービスを同じレベルで諸外国で受けようと思ったら、信じられないほどの多額のお金が必要となります。そして、信じられないほどの待ち時間があります。自分自身のからだの健康維持に代替補完療法や民間療法が必要なものとして認知されているのは、背景に医療格差があるからからとも言えるのではないでしょうか。
いざ病気になってもすぐ病院で診てもられるわけではない状況であれば、自分や家族のからだの健康管理を引き受けざるを得ません。戦前の日本はまさにそうでした。レイキは何か必要な訓練や高度な勉強も不要、取得に高額な受講料がかかるわけでもなく、誰もが、簡単に、いつでも、手さえあれば、自分や家族の、身の回りの人の自然治癒力の向上に貢献できます。ストレスケアができます。そして(受講料以外)生涯無料で使えます。健康維持といざという時に対処できる方法として多大な効果を発揮するレイキは、社会に受け入れられやすい状況にあるのでしょう。
海外では徐々に、医療の現場で使われることで、科学的立証は無理でも患者さんからのフィードバックを統計してレイキの効果を「見える化」する動きもみられます。(術後の傷の回復が早いとか、入院中のストレス緩和になっているとか、痛みの緩和に役立っているなど)
恵まれた医療システムの中で、私たちが失った大切なこと
いつでも医療が受けられるというのは安心で、とても幸せなことです。その恵まれた環境の中で、私たちはすっかり「自ら治す」ということを忘れてきてしまっているように感じます。「薬で治す」「医療で治す」「だから、病気になったら(生活習慣など見直しを)考える」と私たちは医療に頼りすぎてきた結果、免疫力を著しく損なってきてはいないでしょうか。もちろん医療サービスを利用する側だけの問題では決してありません。医療を提供する側も、がっつり薬をだし、医療ありきの診療姿勢で臨む医療従事者が残念ながら多いというのも代替医療がひろまっていかない理由のひとつとしてあるかもしれませんし、もっとブラックでダークな利権がらみのことも往々にしてあるでしょう。お金になるならないの物差しで物事が判断され、からだや命の問題は後回し・・・そんな社会的背景もあるでしょう。
諸外国の医療システムの中で暮らしてたらと想像してみてください。いざ具合が悪くてもすぐ診てもらえないなら、その間に自分でできることはないかと模索するでしょう。万病の元となるストレスを溜め込まないためにどうしたらいいか、セルフケアをするでしょう。からだや心を大切に扱い、日頃から免疫が下がらないように健康維持への関心も高いと思います。自然治癒力を維持するためにエネルギー補給をし、事前に不調箇所を手で感知することができるレイキは、未病のためのセルフメインテナンスに重宝しているのだと確信します。「人生を楽しむ」ために、レイキを活用されているのでしょう。
自分を大切にすること。
自分の力を信じること。
自分の力を育てること。
そして健やかな心を育むこと。
今、私たちはこの恵まれた医療システムのおかげで失ってきてしまったものに気づく時。
今を生きる私たち大人が、これからの未来(=子どもたち)に向けて「これまで」から「これから」へシフトしていくための機会が与えられています。
一番大切なことは「これまでの暮らし方、生き方、食べ方を見直すこと」。
そして「自分を大切に扱い、自分に嘘をつかずに生きる」こと。 そう思っています。
(いつも美しい逗子の海)
過去の記事をちょっと手直しして再投稿のはずが、こんなに長くなってしまいました。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。