一人娘の幼稚園年中から高校2年までを東京品川区の大井町で暮らしていました。1月末に逗子で開催された講演会に参加するために逗子を訪れた幾ちゃん(幾島博子さん)と6〜7年ぶりに再会し、ランチをしながらの楽しい2時間を過ごさせて頂きました。逗子に(前の)家族と越してきた時に訪ねて来てくれた以来、時間が経つのは本当にはやいものです。出会った頃の私はまだ30代後半、幾ちゃんは50代後半。「歳を重ね色々あったとしても今という時がいつだって人生で一番だよね」という暗黙の価値観を共有できる者同士は、久しぶりに会っても気持ちがいいよね的な事が会話の中にあった記憶ですが、本当にそうだなぁって思います。

幾ちゃんが代表を卒業された「NPO法人 ふれあいの家おばちゃんち」。ニュースレターにある幾ちゃんの回顧録を読ませて頂き、13〜4年を大井町で過ごした当時を私も回顧してみると、その時代は「おばちゃんち界隈」と付かず離れずに過ごしていた年月でした。世田谷区から品川区へ越したタイミングで、「子どもの足や靴、環境づくり」の啓蒙活動をしたいと燃えたぎってた私が、最初にコンタクトを取った方々も、緩く出展で関わった子育てメッセも「おばちゃんち界隈」の方々で、幾ちゃんは娘の上がった小学校のすまいるスクール(区が運営する校内にある放課後の居場所)の主任職員でした。外遊びやプレーパーク推進で共通価値観を持っていて、そこから天野秀昭さんの講演会企画や、「はらっぱ」運営に関わらせて頂く事に。幾ちゃんが運営していた時代のすまいるスクールは、子どもにとっても預ける親にとってもパラダイスだったと思います。すまいるでの子どもの様子から伺い知れる事から、幾ちゃんは親に子どもに寄り添った子育てのアドバイスをする事も。私もハッとさせられるアドバイス、頂きました。有り難かったです。

品川区のボランティアや地域活動に尽力しているお姉様方のネットワーク網はパワフルで、どこへ顔出しても大体知るお顔に会い、皆様いくつ掛け持ち??と驚かされました。しながわチャイルドライン、然り。外から見て初めて、品川区のネットワークや地域ボランティアの力は決して当たり前ではなかったのだと知るのでした。私自身も気づけば幾つもの草鞋を履き、子育て全盛期にも関わらず日々何かしらの「実行委員会」と「アフター(お酒)」に赴き、PTAに子育て講座主宰に自宅サロン、駅近路面店で施術スタッフ、時々飲食バイト、、、子育てと家事をしながら一体どうこなしてたのか(謎)娘の小学校卒業とともに地域から離れ、アースデイ東京でのレイキ普及や沖縄平和活動に邁進しちゃったり、月5も渋谷に通ってウクレレやったり、2017年に倒れて以来様々な活動を断捨離し、そして2019年にスローライフ目指して逗子に越してきたのでした。(なのに、2020年にゆるりは開室とまた新しい事を翌年始めるに至りましたが)
振り返れば子育てをする機会があったからこそ、地域と繋がり、様々な活動を通じて本当にいろんな人と交流させて頂き、人間として成長させて頂いた時代でした。社会課題に対して何ができるか、したいか、「今の子どもたちの状況を知る事から始めよう」というチャイルドラインの発信などは、実働からは離れてからも私の中に響き続け、今の私やゆるりはにも繋がっています。有難い経験をたくさんさせて頂きました。
幾ちゃんのご親族が夫と間接的に繋がってたり、(夫がかつて営んでいたオーガニックバー)たまつきのお客さんだったといった不思議なご縁も。久しぶりの幾ちゃんとの再会のお陰で、色々振り返るきっかけになりました。ありがとうございました。

同日午後には逗子のアートセラピスト中西佳子さんと、横浜のUmiの家斎藤麻紀子さん共同主宰の「子どもの支援者多職種会議」に参加。そこで共有された「子どもの学校や家庭以外の居場所のあり方」地域にゆるふわな場所が複数あって、ゆるふわなおじちゃんやおばちゃんがいたらというお話。
幾ちゃんと会った後だったからか、品川の「北浜子ども冒険ひろば」や「商店街」や「街あそび」の宮さんの活動が思い浮か日ました。下町感や活気ある商店街が息づく地域ならではで、そのまま逗子葉山には持ってこれませんし、すでに商店街が壊滅してしまった地方では更に難しいですが、地域で見守り社会で子どもが育つ、親も子どもも孤立しないちょうどいい距離感の関係性。自然に繋がれるコミュニティづくりのいいアイデア、頭を巡らせます。




















