自らを癒す力、他者を癒す力、他者を癒しへと導く力、回復へと促す力を、私たち人間は本来備えている生物です。その見えない力への疑いが現代人はとても強くなってしまったのには複数要因が考えられますが、科学や技術発展、経済の発展の中でその力は奪われていったという方がずっと、的を得た表現だと思います。
自然そのものが切り離されたものとなり、自然の一部である意識や感覚、感性が鈍麻していった結果、私たち人間はとても非力で、何かに依存する必要があると思い込まされてきました。そして私たち人間はとても脆弱で、何かを取り入れないと生きてはいけないという呪いをかけられ続けているとも言えます。そして募るばかりの死への恐怖と死への抗いが、自然の摂理を一層受け入れ難くなり、人間としてのエゴが増幅される引き金にもなっているのではないかと考えます。
心身ともに人間としてあるべき姿で生きてゆけるかどうか、人間として豊かな人生を送ることができるかどうかは、日々の暮らしの中で「人間の三大欲求」が健全に充たされている、ということがとてもとても大切です。
それは、食欲・睡眠欲・性欲 & 排泄欲
それは、「とりあえず」食べればいい。
「なんでも」食べられればいい。
「とりあえず」寝れたらいい。
「少しでも」眠れればいい。
「時々」SEXすればいい。
「誰でもいいから」できたらいい。
という事では決してありません。
人間の三大欲求が健全に満たされていない日々、その欲求不満が生活習慣病を生み出します。徐々にこころを壊し、身体を蝕まみ、身近な人間関係にもヒビが生じてゆくという現実の荒波の中で、私たちはどう踏ん張り、頑張り続けられるというのでしょうか。無傷なまま、人として生き抜いてゆけるというのでしょうか。壊れてる方がおかしいと思わされ、平常活動が滞りなく出来るようにと社会は軌道修正を図ろうとします。(適応障害ってまさにそんな風に生み出されてゆくのだと思います)そんな現実の荒波の中で、まともな食事をしたり、リラックスして安眠できたり、社会と繋がり人との関わりや交流を楽しんだり、あるいは他者を育み慈しむなんて、そもそも出来るはずもないのです。人間は壊れる生き物であることを皆、忘れてないかしら?って、思うのです。
将来旭市で開業する養生民泊は、この「三大欲求が充たされる数日」を過ごし、心感覚も身体感覚も蘇らせ、人間である私を慈しみ労わる機会を創出したいという願いがあります。
人との接触が物理的に減りつつある今、「手で触れるケア」を忘れないことも大切なエッセンスだと思います。人肌の温度に包まれながら、私たち人間は生まれ、育ち、関わり合い、そして死んでゆく動物なのだから。 そして、ゆるりはのコンセプトの一つ「直傳靈氣を暮らしの一部に」は人間としての生き方に繋がっています。
東日本大震災から15年となる3月11日、「手で触れるケア」について綴られた東京新聞のコラム「メディカルトーク」の内容を転記します。
【手で触れるケア】
明治生まれの私の祖母は「てのひらはお医者さんの代わり」と言い、転んで泣く孫のおでこや膝をさすっていました。日本には古く「手当て」という言葉があり、医師の診察でも打診、触診など、患者の肌に直接触れて診断する方法が一般的でした。看護師も痛む場所をさすったり、温め、冷やして苦痛の緩和を図ってきました。
ところが昨今は、パソコン上の検査データや画像による診断が普通となり、看護師の脈拍測定も、橈骨(とうこつ)動脈に指を当てる方法から、自動血圧計やパルスオキシメーターの数値に頼る傾向があります。
技術の進歩や利便性と引き換えに、人間の手の有用性を無視してはならないと思います。ケアの基本は、触れる手の中にあるからです。
忘れられないのは東日本大震災の時、大津波で低体温症の高齢者の背中を、夜通しさすり続けて命を救った看護学生の手の力。
また、気難しかったり、無口だったりする患者さんでも、看護師の乾いた温かな手で、手の甲を静かにさすると自然に口がほどけます。
全身を覆う広い皮膚は感覚のベースでもあり、触覚は快・不快の感情とも直結していて、触れた手を通して思いが伝わり、心地よさを介して相互の関係性が深まるのです。疲れた人の背中を衣服の上から軽くなでるだけでも気持ち良さでほっとすることでしょう。
手で触れるケアの奥深さは計り知れません。
日本赤十字看護大名誉教授
川嶋 みどり
(2026/3/11 東京新聞 メディカルトークより)




















