外遊びの機会喪失のその行末に

子どもの外遊びの時間はこの40年で半減しています。

平日の園外の外遊び、半数がせず 運動遊びしない子どもじわじわ増加

上記記事より抜粋:

 背景には、生活習慣自体の変化のほか、両親の共働きや経済的理由も考えられるという。調査には「苦手な子でも体を動かせるスポーツがあったら」「学業優先になってしまった」「スポーツに積極的にとは考えていない」といった保護者の声が寄せられた。運動習慣の喪失は健康リスクにつながる。宮本さんは言う。「大人の側が、スポーツや運動をする機会や環境を与えることが求められている」

年に一度も運動遊びをしない子が増加 将来見据えて学習や自己啓発?

総務省統計局の担当者は「近年は新型コロナウイルスの影響も考えられるが、スポーツに励むよりも、将来を見据えて学習や自己啓発に向かう子どもが増えている傾向はあるかもしれない」と語った。

園外で外遊びしない幼児8.1% 「経済事情、時間余裕ない可能性」

武長さんは「幼児期は運動スキルが一気に発達する大事な時期。自ら動いて楽しいと思う経験が生涯スポーツに親しむためにも大切となる。遊びからスポーツの基本となる多様な動きを経験してほしい」と話す。「諸外国では公園に子どもと一緒に遊ぶ専門員を配置しているところがある。社会全体で幼児と保護者をサポートする取り組みをすすめてほしい」と話した。

多くの専門家が「外遊びは重要」と訴えつつも、その理由は主に健康リスクやスポーツ離れという事。
遊びの本質に触れる専門家が少ないため、外遊びの機会が喪失してしまっている現状の深刻さの理解には程遠く、また
長い目で子どもの成長を見据えた時に後悔するのではないか、と思わずにはいられません。

遊びの本質はどこにあるのか。遊ぶことは生きること、そのもの。

去年の秋には天野秀昭さんのお話会を開催しました。

その天野さんが先日SNSで発信されていた内容をこちらで紹介します。大人が子どもの遊ぶ機会を十分に確保する、その環境を整えることがどんなにか子育ちに大切かを、人としての成長に必要不可欠なのかを少しでも感じ取って頂けたらと思います。

皆さんに、いいことを教えましょう。何と今日は「国際遊びの日」! IPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)が提案し、国連で採択された日なのです。
https://www.ipajapan.org/DAY-OF-PLAY

思えば1979年の国際児童年。子どものことを世界中で考えよう、と国連が呼び掛け、日本で最初の常設の冒険遊び場である「羽根木プレーパーク」はその記念事業として東京・世田谷の地に誕生しました。始まりは1975年に親たちの手でつくられた遊び場でしたが、それを世田谷区が採択したのですね。以来、住民と行政との協働事業が現在でも続いています。

そこでの最初の職業プレーリーダー(今はプレーワーカーと呼んでいる)であるぼくは、住民たちの署名によって着任しました。そして特筆すべきは、5000人というその署名の中の、なんと2000人が子どもだったことです!  国際児童年を皮切りに、10年かけて練られつくられたのが「子どもの権利条約(1989年)」でした。子どもを保護の対象から権利の主体へと転換したこの条約は従来の「子ども観」を根底から覆しましたが、2000人もの子どもからの署名は、まさにこの先取りだったとぼくは思っています。

つまり、プレーワーカーという職業の誕生には、子どもの力が大きく働いているのです。プレーワーカーは、それまで大人が占有していた「旗」をそれぞれの子どもに返した、おそらく初めての職業です。それまで子どもにかかわる仕事は大人自身が旗を持ち、「さぁこの旗についておいで!」と言って引っ張るか、あるいは旗をどこかに刺し「さぁあれを目指して頑張るのだ!」と言って押し出すか、どういうタイプであれ「導き」や「教え」、「指導」「教授」の役割を担っていました。もちろんいまだにその方が圧倒的に多いのですが。だから、その旗を持つ大人が評価者になりえたのです。

けれど、それは「遊ぶ」ことの本質を考えたらあり得ないことです。だって、遊ぶって、本人がやってみたいと思わなければ始まらないし、その気持ちがどんなときにどんなことで起きるのかは誰にも(本人にだって)わからないのですから。だから、遊ぶことに関しては、本質的に他者からの評価を必要としません。それが「できた」かどうかも大した問題ではありません。重要なのは、「やりたい」と感じたことへの挑戦・冒険そのものであり、そこから得られる自分の「満足」であり「充足」なのです。そして、そこに「私の世界」がつくられ「私が生きている」という実感を生み出すのです。「わたし」という「主体」が最も立ち現れる世界、それが「遊ぶ」その姿なのです。

実は、子どもの権利条約の素案ができ、IPAにも意見が求められました。IPA本部は世界中の支部にそれを送り、意見を求めました。日本支部でも1988年にそれが検討されましたが、その素案には「遊ぶ権利」はかけらもなかったのです。当然それに対し、猛烈に異議を唱えました。ぼくなどは、前文に書かれていてもいいと主張しましたが(さすがにそれは却下でした)、とにかく猛抗議をしたのです。おそらく世界中の支部で似たことが起きたのではないかと思うのですが、完成した条約の第31条に「遊ぶ権利」が付加されたのは、IPAからの提言があったからだと思っています。けれどその後も数年間、国連子どもの権利委員会も31条の扱いをどう考えたらいいのかずいぶん戸惑っていたと伝え聴いています。それほどに、子ども自身が旗を持つことのイメージがつきにくかったのだろうと思います。

2000人の子どもの署名を集めた地域の親たちは、「どう?あたしたちを見直したでしょ!」とちょっと得意げでした。本当にその通り!と感謝しつつ見せたもらった署名の束を見て、愕然としました。ミミズがはったような字で、解読不明な署名がいっぱいあったのです(;^_^A 「これ、署名として機能するのかなぁ」と心配しましたが、その後、たくさんの子どもがぼくに「お前、誰のおかげでここにいられるか、わかってんよな」と胸を張りました。そのたびに「お世話になりました」「ありがとうございました」と頭を下げたことはまだ忘れません。




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