生きていることを思い出す

可視化されないけれど
地球上の命あるものたちは全て
常にエネルギー交換、交流、交信をしている

命あるものに触れるという機会
命あるものに抱かれるという機会

昨今 欠如していないだろうか

生きているのに「思い出す」というのは
表現として違うのかもしれない

でも 「生命体としての感覚」は
薄らいでいってるように思う

もっと言えば
「生命体としての感覚」が育まれることなく
成長していく子どもたちが増えているように思う

見渡す限り、機器
見渡す限り、建物
見渡す限り、壁
見渡す限り、ひとり

他者という存在があるからこそ
自分を認識できるというのと同じく

エネルギー交換、交流、交信できる
命あるものが身の回りに少ないと
生命体である自分を十分に認識できなくなる。

 

身体は使わなければ、衰えるし
心は使わなければ、頑なになるし
頭は使わなければ、思考停止になる。

五感は使う機会がなければ
育まれることなく 閉ざされてゆく。

エネルギー交換、交流、交信という五感の世界は、
人や自然と触れ合うことで、開かれる。
人や自然に抱かれることで、開かれる。

 

身体が何を感じ、心が何を感じているのか。

動物的なそれらの感覚が薄らいでいくと
生きている実感も薄らいでいく。

生の実感が薄らぐということは
生と死の境目も曖昧になり
死への恐れさえ薄らいでいくということ。

 

自然に生かされ、生命体として
生きているということを思い出せた時、
「あ、私生きてるんだ」って体感する。

五感を育む場は 案外すぐそばにある。

自然に還ろう。




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