私が一人娘を産んだのは四半世紀も前のこと、世の中本当に「便利」になって、世代・時代が変わっても普遍な「常識」がある一方で、少しづつ異なる「常識」に戸惑いを隠せません。デジタル保育、デジタル育児、スマホやタブレットが小さい手のすぐ届くところにある日常。その当たり前に広がる風景に違和感が募るのは、私がアナログ時代を生きた昭和人間だから??時代が移り変わっても、人間としての本質は何も変わっていないはずなのですが、それ自体が軽視されて忘れられがちなことに危機感を覚えます。先日インスタグラムで拾ったこちらは、1996年と2026年の比較。これを見て何を感じますか?
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私は2017年ごろまでの10年間、乳幼児を持つ保護者向けに『0〜7歳期の子育ちの環境づくり』と『子どもの靴選び』をテーマにお話しさせていただく活動に「これこそが私のライフワーク」とめちゃくちゃエネルギーを注ぎ、もの凄い熱量で語っていた時代があります。シンプルに要約するとその内容は「身体作りを子育ての真ん中に置いたら、自ずと脳も心も腸も育っていくよ」という子どもが自ら育つ環境づくりと、親子の関わり合いについてでした。
この講座をしていた理由は、私自身が「健やかに育つ権利」を奪われて大人になった生き証人で、たとえ故意ではなかったとしても、「親の無知や社会システムの不備によって、生きづらさを抱える子どもを増やしたくないから」でした。そしてまた「もっと早くに知っておきたかった」と後悔する親も、増やしたくなかったからでした。
当時必ず講座の冒頭で投げかけた「将来どんなお子さんになって欲しいですか?」の問いに対する保護者の方々の答えのほとんどは、
“健やかに、幸せでいてくれたら、それでいい”
“自分らしく、歩んでいってほしい”
“人に愛される人に、育ってほしい” というものでした。
この答えの節々には「一人の人間としての尊重」と、「人間としての幸せ」と「自立した社会人に」という思いとゆったりと見守る見守る眼差しの温もりを感じ取ることができます。
にも関わらず、一度我が子の子育てとなると、様々な要因が重なり合い「大人」の価値観と主観でジャッジし「一人の人間としての尊重」を置き去りにしてしまいがちという現実。「子どもの声」は揉み消され、色鮮やかに輝き、自由で、可能性に満ちた、子どもの世界、子どもの限られた時間を台無しにしています。そして大人たちは無自覚のままに、子どもの自由を奪い抑圧してしまっているという事が起きています。
「子どもが子どもらしく生きて育つ権利」が大人によって奪われていく現実は、子育ての日々の中にはたくさんあります。日常の場面の積み重ねでそれは少しづつ積もり積もって、子どもを蝕んでいきます。現代はその歪みは心や情緒の問題に留まらず、脳の発達や身体の発達に顕著に「バグ」が起きていて、「人間として健やかに育ち、大人になり、社会の一員と成長していく」という事そのものが危ぶまれているという状況に陥っているとも言えます。
「私たちは環境で作られる」生き物です。環境要因が心身に悪影響を及ぼしているという事実を看過できない状況にあるにも関わらず、妊娠中や子育て中の大人のリテラシー格差は広がる一方・・・。その皺寄せは顕著に「子ども」の成長に現れていると考えます。
なぜなら、私たち大人がつい『みんながやってるから安心』と流されてしまう背景には、日本社会は「リスク回避のために必要な教育」の用意も「社会からのリスク発信」も少なく、「メディアからの発信」を過信しがちで、「問題と報じられていない=安心」「大多数が問題としていない=安心」と脳内変換しがちだからではないでしょうか。予めアンテナを張り巡らせ自ら情報を取りに行かなければ、あるいは問題が起きてから必要となって初めて情報を取りに行く、、、それでは一向に子どもを取り巻く環境は、改善も回復もしていきません。
ゆるりはで出会った子育て世代の方には、折に触れてそういった「情報」を共有したり、「ゆるりは書庫」から本をお貸ししたりして、未然の情報収集と対策の必要性を伝えるようにしています。

一番忘れてはいけないのは、「私たちは生身の人間」で「ヒトという動物」であること。子どもを育てるとは、生き物として進化・発達を遂げ、成長し、成熟へと向かうことができる環境をそのステージに合わせて用意し、必要に応じて対処し、導こうとせず、「人生の主役はあなた」と必要な時に手を差し伸べ、見守るという「安心して自らの力で育っていける安全基地」としての親であり、家庭を用意すること。それを主軸にして、子どもの月齢に応じて今何が必要で、何が不要で、何が余計なのかという物差しで様々な判断ができるようになると思います。
子どもを大人「教育」がしようとすればするほど、子どもは窮屈になり、それは早期であればあるほど、「その子らしい成長」の邪魔なものとなり「その子自身」に歪みが生じてゆきます。大切なのは、やっぱり、身体。心と魂の容れ物で、一生付き合ってゆく「身体」をつくること。全身を使って、自然に育ってゆくための必要な時間と機会を確保すること。身体の土台、心の土台、人生の土台をつくること。それこそが、生きていくための最低限の権利 =「幼児教育」ではないでしょうか。
突き詰めていくと都市で子育てすることの難しさに直面するとは思いますが、何が一番幸せで必要なことなのか。子どもを真ん中にして「家族会議」してみるという事が、これから益々必要になっていくと思います。
まずは、子どもの『身体』をじっくり観察すること。『目の輝き』を感じ取ること、から始めてみませんか? 子どもが必要としているものは、子どもが教えてくれています。


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- おすすめの書籍は、
- 斎藤公子さんの著書『生物の進化に学ぶ乳幼児期の子育て』
- 天野秀昭さん『よみがえる子どもの輝く笑顔』です。
特に乳幼児をお持ちの方や子どもの発達に心配があるという方に、手にしていただけると視野がぐんと広がり「今何が必要か」がきっと見えてくると思います。そのエッセンスだけでも、日常に取り入れられそうなところから。温かいものに触れる毎日を、子どもたちに。




















