手放せない「早く死にたい」の真意は

これまで自分の波乱万丈人生経験はプロフィールに綴るのみで、意識的に自己開示的なブログ記事の投稿を控えてきました。理由は「私はこんなに辛かったけど、今はこんなに楽になりました。なのであなたも同じようにしたら楽になります」的な他人のサクセスストーリーの押し売りみたいに解釈されるのを避けたいからでした。何より「その類」が私自身が苦手というか、嫌いというか、いい気分しないので(笑)

とはいえ、これについて綴ることは自分にとって大事な節目。綴れば誰かしらの自分ごとにもなるのではないかとも思うに至り。今後に続く自己開示ブログ投稿の序章となる内容です。長文ですが、ご興味ある方はお付き合いくださいね。

長期化している体調不良のワケ

幸せな再婚をしたのに体調悪化は長期化、治る兆し見えず。そろそろ身体を張った学びも、セラピスト修行も終えたい。そう思っているのに、内臓も自立神経も副腎も治らない。アッシュロスの淋しさも、習慣飲酒を復活させて過小評価し、副腎疲労症候群は再来、振り出しに戻った感さえあるこの半年。八方塞がり。

自己性癖治療を試みる

母への当てつけで具合悪いままの状態を選んでる?とっくに彼女への執着は手放したはず、でも可能性がゼロではない。20年前のインナーチャイルドケアで男性性の分厚い鎧を脱ぎ、180度振り切って女性性を目覚めさせた時以来、私自身はゆるりはで提供しているような伴走型こころの回復ケアを受けてきていない。段階的に引き起こされる事象や事件を通じて、自己探求と内観をし、浄化を着々と進め克服してきた20年。

闇を光に転じさせてきた自負があるとはいえ、未だ気づけていない深い闇があるのかもしれない。それなら答えを探ろうと、久しぶりに「母まりこへの執着」という設定で靈氣を用いた認知行動療法(性癖治療)を自分にかける。その結果得た気づきは、違う方向へ。

父と叔母からの言葉

性癖治療で初めて「泣く」という経験をし、かけている間の身体感覚も強く、「これはなにか上手く作用するに違いない」と確信した。
エネルギー体としての父と叔母が登場し、2人それぞれが「そんなに生きるのがしんどいのか」「そんなに生きているのがしんどいのね」と投げかけてきた。

はやくあの世へ行きたい、願望。希死念慮は常に昔からあるのが私。それをあえて排除する必要もないし、そのままに受け容れてきた。

父は、私が意地を張り続けた象徴。叔母は、親族でただ1人、そのままの私を受容してくれた象徴。これが意味する事はなんだろう?

ポンコツの肉体が生き辛さの原因なのは間違いない。生存活動の維持にコストがかかり過ぎているので、経済的不安から早死にしたいとも思ってる。でも今の私の状態に、母の存在はもはや関係していないと悟った。

人権と脳の特性

そこから、直近数年の総振り返りする 自己探求と内なる対話の長い旅。小さい時から今に至るまで「奪われてきた尊厳と人権」という支配と、「私の脳の特性の無自覚と周囲の無理解」という孤独。その2点に焦点を当てて総括してみたら、パズルの最後のピースがはまった。

「自分を正しく知る」ために用意された副腎疲労という強制終了と、内臓が悲鳴をあげ過飲過食という快楽への逃避までも阻まれ、「自他による全受容プロセスを味わい尽くせ!」というのがこの数年の出来事だった、という考察に至る。

全受容

私が抱えてきた「人生をはやく終えたい」というのは「人生の根本的な辛さからはやく解放されたい」という意味だった。

私の人権と尊厳が傷つけられる恐れ、支配に備えて戦闘モードであり続ける必要はもうないと悟るまでの月日。身体はポンコツ、脳は発達凸凹、傷つきやすいという「ダメな部分ダダ漏れ状態の私」で在っても、否定したり直そうとせずに今の夫は全受容してくれるというプロセスを経てその確信を得るまでに費やされた、2年という時。

過去の清算

生まれて以来ずっと得られなかった「安心と安全の土台」ができた今。だからこそ自分自身で自分に許可する必要がある。「生き続けることはしんどい。なぜなら誰にも理解されない孤独と、人から支配される恐怖に晒され続ける事だから」という刷り込まれた脳内スイッチをオフにする許可。

そして私自身が「脳の特性を認めてそのままの自分で生きる権利」を全受容して初めて生きる事に前向きになり、肉体が治癒へと向かう。細胞レベルで変化が起きてゆく。

これが、長い内なる旅の着地点。オタクにも程があるし、消えない傷がある人にとって心底な自己受容ってほんと難しい。愛着障害の根深さよ!(苦笑)

未来ビジョンと癒し

まさに今、過去の清算と未来ビジョンが同時進行で起きてるカオスで、身体的にも心理的にも人権剥奪されてきた私だからこそ、何事も「人権」という視点で物事をみる癖がある。自らが発信していきたい事の核にあるのは「人権という切り口で物事を伝えること」と再確認する。

この投稿は、私なりの解釈と体感を綴る「後天性ADHD物語」の投稿と、「奪われてきた人権」という視点で綴る自己開示の投稿へと続く序章。幾世で始める「ゆるりはの養生」テーマも、広がりを持って朧げながらも見えてきてとてもワクワクしてきている。

もっと生きてもいいかな

ここまでを昨日整理して綴り、いつも「私は67歳で旅立ちます宣言」し「いつお迎え来ても後悔ない」と生きる事に後ろ向きな私に
「幾世の家だけ遺されて俺どうすんだー!あと13年、さみしい!」と言う夫。今「もうちょっと長生きしたい」言える自分がいるのが驚きだし、嬉しかった。

そして彼にこの総括と思いを昨晩電話で伝え、迎えた今朝。不思議と「生きるのしんどいな」が消えていた。毎日、無意識にも思い続けていたんだと改めて気づく。それでは肉体も治そうというモチベーションが上がるわけ、ないよね。

最後のピース

そして最後の最後まで残されていた生きづらさのパズルのピースは、54歳になるまで気がついて貰えずに置き去りになっていた「孤独と支配に傷ついてきた私の内なる子ども」だった。その彼女がやっと癒され旅立っていったという事なのだと思う。

「私、色々めんどくさいよ」って伝えて始まった今夫との関係。めんどくさい系なのはお互い様だけど、私を受け入れようとしてくれてありがとう。じゃなかったら、今生私のこのインナーチャイルドは、今なお癒されていなかったに違いないから。そしてこのタイミングで明日は1回目の「消せない傷と生きるお話会」をゆるりはで開催する。今月は過去の傷の総清算をする、天のお導きに違いない。

 

読んでいただき、ありがとうございます。

誰も私をわかってくれない、
それはADHD気質の部分だった
でも変われないから、開き直って生きてきた
ADHD気質を自認するに至った経緯や
私の脳の特性などの考察を
次回は綴りたいと思います




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