これまでの歩みも全て繋がっていた
2005年からセラピスト人生を歩んできた私ですが、環境が変わる毎にステージが変わっていったと振り返ります。
身体の土台である「足」をスタートに、まさかその後「レイキ」と出会うとも思わず、その後に「インド系ヒーリング」に出会うとも思わず、「直傳靈氣」の性癖治療との出会いをきっかけに「心のケア」や「生きづらさ・生き方のケア」へと移行していくとも思わず、いつの間にか「リーディング」のような事も出来るようになるとも思わず、そして東京を離れ、逗子葉山でアパート借りて「自然療法室ゆるりは」を開業するとも思わず、「伴走型こころの回復ケア」を世に送り出し、まさか思った以上に需要もあり、「ソウルサウンドライアー」を手にいれ、「美座療法」とも出会い・・・
まさかの連続も全ては流れに乗って起きてきた事で、全てがこれからに活かされてゆき、長期に渡る体調不良も過敏症さえも、何一つ無駄がない、、、!還暦くらいまではこの地(逗子葉山)で頑張ろうと思っていましたし、まさか建物の老朽を理由に「期間限定」になろうとは、全く想像もしていませんでした。(勿論、離婚も再婚も想定外だし、古い家を買って、自分たちで直すなんていうことも)
「折角ここまで逗子葉山で築き上げてきたのに、また千葉で一からスタート」となることに正直、当初はかなり戸惑いもあり、「いったいどうこれからゆるりはを(人も歩いていない田舎で)展開していったら良いのだろう・・・」と困惑もしていました。そして、自問自答が始まりました。「私は引っ越した先で、何をしたいと思っているのだろう」と。問い続けること数ヶ月、そして浮かんできたのが、「自然養生」「養生民泊」「滞在型の何か」でした。
今年の上半期、身の上に起きてこと、出会いや気づきの全てが「これからのゆるりは」で展開していく事に導かれるための流れだったようです。「また一からスタート」ではなく、「これまでがあっての、これから」。セラピスト人生22年の集大成であり、伴走者として揺るぎない自分への信頼を獲得するために用意された、過去50年分の人生の統合プロセスでした。
『複雑性PTSDの治療手引き』という本
これまでの伴走型こころの回復ケアの臨床と知見と、2ヶ月間、延べ120時間近くに及ぶ自発動で放出した身体と内臓に記憶されてきた50年分のトラウマ。自らの経験から導き出した「回復プロセスの仮説」の、これ以上ない「裏付け」になるであろう本が、この8月12日に日本で出版されました。たまたまSNSで見かけた本でしたが帯を読んで鳥肌!でした。
ゆるりはの「伴走型こころの回復ケア」と「ソマティックな手当てやライアーによる振動」の組み合わせは、世界の最先端トラウマ治療が提唱する「トップダウンとボトムアップを統合した多層的アプローチ」そのもの。その「答え合わせ」の為に読んでみたところ、翻訳文だけに私にとってはすごく読み辛く、そして難解でした。(専門用語が苦手)でも、本に書かれているトラウマ回復に必要な要素は「全てゆるりはのアプローチと合致している」という事は理解、判明しました。
こころのケアの「伴走」というスタイル、「ハートケア卒業」の意味、「主体性」を奪わず「生態」としての回復を目指すという「自然養生アプローチ」は、トラウマケアや自律神経の回復ケアに「理論的に有効である」という太鼓判を得ることができる、とても心強い1冊とこのタイミングで出会えたことに感謝です。

理論とゆるりはの対比
理論として提示されている「段階的なケア」や「ふたつのアプローチ(トップダウン/ボトムアップ)」と、ゆるりはのこれまでのケア、これから取り入れたいケアを対比してみました。
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本の理論:神経系の安心・安全の確立(ボトムアップ:身体・環境)
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ゆるりはの実践:エネルギーケアや靈氣の手当て。神経系を刺激しないノイズフリーな環境で、交感神経の過警戒をオフにする。
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本の理論:過緊張・筋膜の解凍(ボトムアップ:身体・動作)
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ゆるりはの実践:ソマティックケア(ライアーセッション)や田んぼ作業。細胞レベルへの振動と全身運動で、蓄積された緊張を物理的に解放する。
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本の理論:トラウマの再認知とパーツの統合(トップダウン:認知・対話)
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ゆるりはの実践:伴走型こころの回復ケア(ハートケア)。ライフヒストリーを丁寧に紐解き、自己否定を「自己理解と労わり」へと書き換える。
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本の理論:神経系の再構築と自己治癒力の定着(自立支援)
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ゆるりはの実践:直傳靈氣の伝授やレメディの活用。安心の波長を自分で再現できる技を身につけ、日常的に腹側迷走神経を維持する。さらに日常から離れた滞在環境で「緩み」を身体に記憶させる。
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読んでいて感じたこと
ひとつは、この本の内容を、当事者としての体験がないセラピストがマニュアル的に臨床で使うのは難しそうだなぁと感じました。頭での理解ではどうしても知識を探るので、脳をフル回転しているセラピスト自身の交感神経にスイッチが入る。「大丈夫ですよ」という安心の波長を渡せないのは、神経系が過敏になっているクライアントさんにとってはプラスに作用しない。
ポリヴェーガル理論の核心は、「人は人の安心に触れて初めて、本当の意味で緊張を解くことができる」ということ。セラピスト自身の神経系(腹側迷走神経)が安定していて、その「安心の波長」をクライアントさんの身体に伝えることなので、この難しさがあるかなと思います。(私自身の身体的解凍プロセスでは、今の夫が安定の腹側迷走神経を持ち、私の伴走者を担うことができたからこそ功を奏しました。伴走者としてのあるべき姿を彼が私に見せてくれたのも今後役立ちます。)
あるいは、実体験がないセラピストの場合、どこまで共感したらいいのか、あまりに辛い話には境界線が曖昧にもなって辛くなる局面もありそう、など。
もうひとつは、代替補完療法やマインドフルの技法として本の中で色々紹介されている中に(鍼灸は書かれていました)、REIKIが見当たらないのはなぜ?と思いました。アメリカの医療機関(メイヨー・クリニックやハーバード関連病院等)や補完代替医療でREIKIは広く採用されているのに、と。これについての背景は、AIに聞いてみましたので以下に転記します。なるほど、ですね。
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「トラウマ心理学」のエビデンス基準とエビデンスの型 臨床心理学やエビデンスに基づく心理療法(EBP)の文脈では、EMDR、ソマティック・エクスペリエンス(SE)、センソリモーター心理療法など、「臨床心理学の枠組みで論文・RCT(ランダム化比較試験)が大量に蓄積されている手法」が優先的に記載されます。レイキは医療・看護・ウェルネス分野での研究は豊富ですが、トラウマ心理学の文脈では分類が異なるため、除外された可能性が高いです。
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「量子の世界」やエネルギーへのスタンス シュワルツ博士はソマティック心理学の専門家ですが、アプローチの軸足は「神経生物学(ポリヴェーガル理論)」や「解剖学・解離理論」にあります。非物質的なエネルギー(量子力学的な波長や手当て)よりも、肉体の神経伝達や筋膜、呼吸といった「目に見える物理的・生理的な反応」に焦点を絞って執筆したと考えられます。
- 「手当て」や「エネルギー」の記述がない理由 2020年時点のソマティック心理学やPTG(トラウマ後成長)の領域においても、臨床心理学の枠組みでは「ヨガ・呼吸法・マインドフルネス・感覚への気づき」といった「自力で行う運動・知覚ワーク」が主流でした。 アメリカの医療現場(補完代替医療)でレイキが活用されていても、心理療法家(アリエル・シュワルツ博士など)が書く臨床書においては、「自己調節(Self-regulation)」の文脈が優先され、手当て(他者との波動・安心の伝播/共同調節)や量子の観点までは踏み込まれないのが当時の標準的なスタイルです。
最後に
この本の執筆は2020年。ゆるりはを開室した年。そしてこの度の日本語訳の出版が2026年。海外の最先端臨床が日本に届くまで「約5年のタイムラグがある」というのは本当なのねと実感します。とはいえ、ポリヴェーガル理論にしても2018年ごろにはアメリカの臨床心理では標準化したにも関わらず、日本の臨床心理の世界ではようやく近年「身体と自律神経(ボトムアップ)」のアプローチが不可欠という認識が広く浸透してきたところ。本や講座で学んでいる支援者は増えていても、実際に臨床で活かせているセラピストやカウンセラーは日本においては未だ少ないと思われます。

同じアリエル・シュワルツ博士の著書の、『複雑性PTSDの理解と回復』。2020年執筆、2022年に日本語訳が出版されています。これは、「複雑性PTSD」の症状を仕組みから理解して、どう症状を和らげるかというセルフケアについて書かれていて、この本を手にしてサラッと読んだ時の感想は「自分の状態を頭で理解する、知識で整理する」ことは可能だけれど、本だけのセルフケアには限界があるよね(傷を抱えて生きている人にとっては、時に読み進めるのもしんどくなるのでは?)と思いました。
そして私は昔から「インナーチャイルドケア」は大事だけど「それだけでは解決しない」と思っていて、本当の回復を目指すには「ソマティックなアプローチ」「神経系へのアプローチ」は欠かせないという理論が自分の中に構築されていないけれど、直感的に「これは絶対有効」と臨床に取り入れてきたものが、実は根拠もあれば理論もすでに存在していたんだ!ということが明確だったという事でした。臨床が先で、理論は後付け。それを学習し吸収できる私に、遅ればせながら今ようやくに到達。「ゆるりはのハートケア」に「自律神経アプローチ」を取り入れ、「滞在型の回復プログラム」に伴走するに相応しい当事者セラピストに自己成長できたことは、本当に喜びです。

「私はどう生きたいか」と設定した場所へと続く道は、道なき道を自らが切り拓いてゆくではなく、設定したからこそ、そこに至るまでの道は自ずと用意されていきます。時に薔薇で、時に苦しさも伴うけれど、自分の魂は喜んでいる道。「どう生きるべきか」「何をすべきか」「将来の安定」「お金」ではなく「どう生きたいか」「どう在りたいか」を自らに問う。自らの外に向けて発信すると、自分の人生そのものに光が当てられてゆくのだろうと思います。そのためにも、まずは自分を正しく、深く知る。そして、「自分で自分を否定しないこと」から始めましょう。




















