「心の病が治る」前提の違い
本を購入して積読しておくのが趣味のようになっている私なのですが、「必要なタイミングで本棚から引っ張り出し、ざーーーーーっと読む」というのが私の読書スタイルです。最近ものすごい勢いで本を読んでいるのですが、立ち寄った本屋さんで『【心の病】はこうして治る まんがルポ 精神科に行ってみた!』という45万部の大ベストセラーになっている漫画が目に留まり、著者である精神科医の益田裕介医師のYouTubeを観てみました。そしてようやく私の中で「医療と「ゆるりはのケア」の決定的な違い」を言語化することができたので、記しておこうと思います。
これだけ多くの人に読まれているということは、それだけ今、心に限界を感じている人や、行き場のない生きづらさを抱えている人が日本中に溢れているということ。近年はクリニックを訪問することは珍しいことでもなく、街には複数の心療内科が存在していますね。この本の中で描かれている、薬で脳の興奮や疲労を和らげ、対話によって混沌とした苦しみを言葉に整理していくプロセスは、危機的な状況から命を救うための、素晴らしいセーフティネットだと思います。時に医療的処置が必要な局面は必ず存在し、それにより助かる方もたくさんおられるのは事実です。
一方で、「ゆるりはには、病院や何年ものカウンセリングを経て、それでも生きづらさを脱出できなかった、解決できなかったという方が辿り着き、そして回復してゆかれる」というのも確かな事実。
薬も飲んだし、頭では「私は悪くない」と分かった。なのに、どうしてまだ苦しいのか?「社会のルールに自分を合わせる生き方」そのものに魂が疲弊してしまった人や、「頭では自分の特性を理解したけれど、どうしても心や身体が納得しない」苦しさから逃れられないという人は、どうしたら回復できるのか?医療の枠組みとゆるりはのケアでは、その前提に大きな違いがあります。
【社会に適応させる】か、【自分の主権を取り戻す】か
一般的な医療やカウンセリングの多くは、「自分の心の取扱説明書」を手に入れて、この複雑な社会をどうバグらずに生き抜くか。厳しい社会の枠組みの中で、自分の認知の歪みを修正し、いかに傷つかずに、賢く立ち回って適応していくかというアプローチです。そこに適応できない心身のバグ(症状)は、薬や思考のコントロール(認知)によって調整し、なんとか生活できる状態(寛解)に戻そうとする。ちょっと乱暴かもしれませんが、「社会も環境も人もそう変えられない。だから自分の方を合わせる。合わせられない方が問題」という前提ではないでしょうか。
一方、ゆるりはの捉え方はまったく逆。「自己主権・自然養生」を大切にしています。「主体はあなた」というスタンスです。「適応障害」などの症状が出ているとき、あなたを苦しめているその心身の反応のほうが「正しい」。歪んだ環境や、自分に合わない生き方にあなたが無理に適応しよう・させようとしているから、心と体が命がけで「その生き方は不自然だよ!」と症状というサインを出して教えてくれている。だから、思考の力で無理に社会に適応させる必要はなくて、必要なのは「適応できない」という大切なサインに気づき、自分のセンサーを取り戻して、生きる環境や選択肢のほうを新しく選んでいくこと。それが、ゆるりはの目指す回復のスタートライン。「思考」=「自分」では決してないことに「腑に落ちる」ことも、回復に向けてはとても大事なエッセンスです。

豊かな「時間」と、全方位から心身を満たす多層的なケア
では、具体的にゆるりはでは何をするのか?私が何より最も重視しているのは「対話」です。ただし、病院の3分診察や、一般的な50分という厳格な枠のあるカウンセリングとは時間の使い方が違います。ゆるりはでは、時間をたっぷりとかけます。(1セッション2時間)
時間を気にせず、まとまらない言葉のままでいい、沈黙してもいい。その豊かな時間の余白そのものが、傷ついた心を癒やす「安全基地」になります。そして、その対話をベースに据えながら、言葉だけでは届かない領域へ、多層的なケアを同時に掛け合わせていきます。話す元気がない時はエネルギーケアに多くを費やしたり、ヒーリングを受けながらベッドで対話を続けたりということも。「主体はあなた」です。
- エネルギーケア(直傳靈氣、浄化ケア、波動ヒーリング)で、言葉になる前の身体の緊張と脳幹をダイレクトに緩める
- 靈氣を用いた性癖治療(認知行動療法)で、ブロックの外れた視床下部に新しい思考・行動パターンを上書きする
- イメージ療法で、無意識の声を汲み上げる(対話に時間をかけるので、必要なケースは稀)
- バッチフラワーレメディの処方で、日常の感情セルフケア
- 今後はここに、自律神経や細胞へのアプローチも加わっていきます
「対話で気づき、身体で感じ、エネルギーで調和させる」
およそ病院の診察室では不可能なレベルで、全方位から立体的に伴走するのがゆるりはの伴走型こころの回復ケア(ハートケア)です。

ゆるりはが考える「卒業」の定義
最後に、私が大切にしている「卒業」の定義をお伝えさせてください。ゆるりはにおける卒業とは、悩みが100%完璧になくなる状態になるということではありません。10あったしんどさが、たとえば「3」くらい残っていてもいい。大切なのは数字をゼロにすることではなく、「残りの3のしんどさを抱えながらも、自分自身を信じて、現実社会で新しい選択(トライ&エラー)を繰り返していけるだけの、心と体の体力を取り戻すこと」です。では残りの「3」は何か。それは「脳」の書き換えより、身体に記憶されたもの(反射的なもの)が癒えていくにはもっと時間がかかるので神経系や細胞の回復が未完のまま残るケースです。(これからこの部分へのケアも、単独ケアとして導入していきます)
「今はもう、やっていける体力がついたね!」そう思えた時、皆さん本当にいい笑顔で、自分の人生の主権を持って卒業していかれます。瞳の輝きが全然違うんです。纏うエネルギー場も全然違うんです。かかる月日は個人差がありますが、皆自らの力で、回復していかれます。
医療の役割は、火事を消すこと(急性期の炎症を抑えること)。ゆるりはの役割は、火が消えたあとの焼け野原に立ち、もう一度自分の足で歩き出すために、土壌を耕して心身の体力を養うことです。トライ&エラーなので、またちょっと揺らぎがあったその時はエネルギーケア60分でいらしたら対話時間が付随するので、またニュートラルな自分に立ち還ることができます。
もしあなたが、「病院に行っても、カウンセリングを受けても、どうしても生きづらさが消えない」と立ち止まっているなら。それはあなたがダメだからではなく、次のステップに進むタイミングが来ているのだと思います。歪んだ枠に自分を押し込めるリハビリではなく、あなたがあなたらしく生きるための「ゆるんでリハビリ」できる場所が「ゆるりは」です。
ハートケアを始めたいと最初からお申し込みされる方はどちらかというと少数です。初回エネルギーケア90分でいらしてからという方が殆どですし、1回のセッションと対話でものすごく軽くなれる人もおられてハートケアではなくご自身でケアしながら緩やかな変容を目指す為に、あるいは自分の軸を持つ目的で直傳靈氣の受講に変更されるという方もおられます。「ご自身が今、何を求めているか。」その心の声に従えば、その選択はいつでもその時にあなたの最善であり、正解になります。 ご自身のタイミングで、ゆるりはを訪れてみてくださいね。





















