先のブログにも自己開示をしましたが、後天性ADHD気質であることをようやく自認して、自分を知れば知るほど、興味関心あるものにしか意識は向かず、集中もできない性質であることが明らかに(笑)
子どもの頃からずっと、飽きっぽい自分も、好きなものも分からない自分も、そもそも無気力で無感動な自分も、嫌でした。私の周りには天真爛漫で陽気な、個性溢れる友人が多かったのですが、そんな友人達とは違い世の中に対して冷めた目を内に秘めていた私は、世間的にはそれをひた隠すため別人格を作り出していた自分も、嫌でした。いくつもの顔があり、本当の自分はどれで、誰なのかわからなくなる、、、そんな10代、20代だったと振り返ります。
なぜそうなってしまったのか。親が用意した親の価値観に合うものから「できること」を探しあて、自分が興味を持ったものや集中しているものには価値がないと見做され、学校でも概ね楽しいと思える科目が無いにも関わらず、たくさんの科目を網羅しなくてはならず、しかも成績悪いと親は怒る(笑)とても苦痛でした。「できること」が大事で、「私がやりたいこと」「私が感じていること」に大人は無関心でした。本来は自分という輪郭や軸が育まれる、築かれるべき時期をそのように生きてきた私でしたが、30歳を過ぎて「セラピストという生業」と「人間という領域」という、以来飽きもせずに探究し続けることができる事に巡り会えた事で自分自身が救われていきました。
セラピーやケアに関心を持つに至った理由は、母親のネグレクトの証であった学童期からの足の変形トラブルや虚弱な肉体にあり、発達性トラウマにあり・・・というのは皮肉なことのようですが、世の中には子ども時代を生き抜くために身につけたスキルや能力を活かして生きている人が沢山おられます。「自分のコンプレックス」が「他者の困りごと」でもある事は、多いのではないでしょうか。
私は「自分なりの」「本質や本物(の嗅ぎ分け)」、そして「真似できないこと」に拘りがちです。人間の探求という領域において、オタク級の情熱はどこから湧き出ているのか。(苦笑)おそらく育った環境を生き延びるために身につけた戦略としての後天性ADHDが、表面的な気質だけではなく、私自身の生命観そのものに根ざしているように思うに至りました。

「自分なりの」への拘り
「自分なりの」であることは「人生の主権(コントロール)を、決して他者に渡したくない」という強い意志の表れなのだと思います。誰かが作った既存の枠組みや、世間一般の「正しさ」をそのままに受け入れることへの抵抗が強く、私にとって「他者からの受け身」「他者基準」は、自分の頭で考え自分の足で立つことを放棄することでもあり、他者から支配されることを意味します。
私が「伴走」を重視し、クライアントさん自身による主体的で能動的な回復(自然養生)を信じているのも、自分なりに悩み、自分なりに導き出した答えにしか、その人がその人自身を救い出せる方法はないということを、誰よりも知っているから。そして、それを体現・証明する伴走者として、私自身が徹底的に自分なりのプロセスを生きる必要があるそんな風にも思っているのかもしれません。時にそんな自分がとても面倒くさいなって、自分自身の取り扱いがしんどくなる位です。(笑)
「本物の嗅ぎ分け」
見栄えの良い、耳障りの良い言葉の羅列や、一時的で気休め的な手法や技法が溢れています。でも「それって本質じゃなくない?」って気づいてしまうんです。ふわっとした感じで万人受けするかもしれないし、稼げるかもしれない。そんな時つい「この人は本物か、そうでないか」を嗅ぎ分けようとしてしまうのは、その人が語る言葉と生き方が一致しているかを見ているから。
知識として優秀な人や、言葉巧みな人はたくさんいますが、発する言葉のエネルギーと、その人の生き方、佇まい、選んでいる環境が一致していないとき、そこに「不協和音」が生じます。発するエネルギーに嘘がない人と出会えた時、とても幸せに感じます。そして、私自身もそうでありたいと、強く思うのです。
真似できないこと
「100人いたら100通りの人生があり、誰一人として同じ傷を持たず、同じ回復の道はない」という真理が絶対的な前提としてあります。だとすれば、誰かが作ったメソッドをそのままコピーして他者に当てはめることは、相手の「固有の命」に対する侵害、冒涜になってしまいます。「他者に真似できない境地」を目指すのは、排他的になりたいからではなく、「自分という唯一無二のフィルターを通すことでしか、届かない人がいる」と知っているから。シンプルに言うと、警戒心強くて交感神経のアクセル全開に踏んで戦闘モードにいる人にとって「型にハマったもの」は、それ自体が自分という領域が狂わされる、そんな風にも感じるのです。
こだわりすぎるがゆえに、時に周囲との妥協ができず、孤独を感じたり、過剰にエネルギーを消耗することもあります。公的資格を有していないというコンプレックスもあるから、というのも否定できません。でもきっとこういった「こだわり」があるからこそ、その周波数にカチッと合う人と出会い、諦めずに自分の人生を生き改めたいという人とこれからも出会っていくのだろうと思います。そして旭市幾世での次のフェーズに向け、ゆるりはという場を他の誰にも作れない場として新しく展開していくその原動力にも、なっているのだろうと感じる今日この頃です。(笑)






















