昨日シェア会の4回目を開催しました。私のトークは70分(うち自分の人生語りは20分)、その後は参加者5名の座談会で80分の計2時間半。濃密な時間を共有しました。
2ヶ月続いた自浄プロセスの全ては10日ほど前に終わり、直近起きた出来事の理解を深め、ひたすらメモ書きしながら、必要であれば書籍をあちこち開き、伝えたい事の全てを言語化、神経系も含んだトラウマ回復ケアを自らの体験から見出し、当事者セラピストとして今後は神経系へのアプローチも含めたトラウマ回復ケアに伴走していく、揺るぎない自信を得るに至りました。
暗中模索から渦中の最中にも3度開催したシェア会も合わせご一緒頂いた16名の方々、本当にありがとうございました。
そして根気よく伴走してくれた夫には最大の感謝と共に、本当にお疲れ様でしたという労いの言葉を。「いつ、これは終わるのか。終わらないのか?!」途方に暮れる時もあったけれど、無事に終わってよかった。
発達性トラウマ30年と複雑性トラウマ20年という闇から自分を救い出す事ができた今、これ以上ない自分への信頼が築かれ、生まれてきて初めて自律神経が健全に起動している、その体感を得ています。
何十年の沈黙を破り、悲鳴をあげ続けている内臓たちも、神経系の回復から細胞回復軌道をようやく走り始めてくれた、そう信じたいです。実際に完治を見届けられるまでには相応の年月が必要と思うので、焦らず引き続き自然養生をしながら経過観察していきます。そこから得られる学びもまた沢山あるのだろうと思っています。
胎内記憶から血脈の認知まで、そして全ての未完のトラウマ回収という螺旋状に超特急で地層へと遡る旅を終えて、長年いくつも抱えてきた「なぜ?」の答えの全てを得ることができ、自分の人生に主権を取り戻す(書き換える)ことができました。
このプロセスは「苦難を乗り越えた」というよりも寧ろ、全てを「消化した」という感覚の方が強いです。決して意気込みなどはなく、「何があっても今の私が受容できる試練しか来ないから大丈夫」と、波が押し寄せたならば抗うことなくその波に揉まれ、静けさが再び訪れるのを待ち、そして今の荒波はなんだったのだろう?と再定義する・・・一つずつを咀嚼し、消化し、手放していくという作業を繰り返す月日でした。
「私を私で生きる」を当たり前のように、普通に振る舞える人がいる一方で、私のように「私を私で生きる」が全く皆目見当つかない人や、原因が自分ではわからない希死念慮や自死念慮を内に秘めながら生きている人、最初から変われないと諦めている人が、相当数おられるというのも事実です。
昨日のレジュメは
1. トラウマが心身に刻まれるプロセス
* ストレスとの違い
* 発達性トラウマ
* 複雑性トラウマ
2. トラウマからの回復に必要な条件
3. 回復の具体的なプロセス
* 脳から身体へ
* 身体から脳へ
4. 発達性トラウマの神経系への影響
* 母軸トラウマ
* 父軸トラウマ
* ハイブリッド型
5. 自然養生ステイ
6. 私の人生の再定義と今
全て終えてホッと緩んだも束の間、今回得た気づきから盛り込みたい事が他にも複数あるので、より洗練されたものに改良して『ライフリカバリー』〜神経系ケアで取り戻す「自分を生きる」感覚〜といったタイトルのトーク&座談会を定期開催するというアイデアが浮上しました。
ゆるりはのケアを知ってもらう入り口にもなり得るし、参加者の方が自身の生き辛さがどこと紐づいているのか?という気づきを得られるし、そして座談会パートでは無理のない範囲での自己開示ができたり、現状打破の呼び水にもなり得るかも・・・。
発達ユニークも、発達性トラウマの一部であるケースもあり、今回いろんな視点でリアルに実体感を得たので、そんなシェアもできたらご自身の生きづらさに留まらず、子どもの事や育児にも役立てていただけるかも・・・。
そんなアイデアが夕方に浮かび、もう暫くオタク的探求を楽しみ、内容が固まったら企画したいと思っています。アクセルもブレーキも踏む必要がない、こんな生き方もあるのか!と内なる変化に戸惑いつつ、本来の自分が相当変わり者で、ADHD気質もこれまで以上に表出もしていて・・・そもそも気が合う人は少ないのに、更に友達が減りそうです、、、(笑)

写真は今週2日続けて取り組んだ
草引き後の田んぼ。
素足で作業すること1時間半。
神経系回復に田んぼの泥はどう作用するか、
体感をもとに観察中です。




















