察する力と境界線(バウンダリー)

傷を負ったサバイバーの方や、過酷な養育環境で育ったという方が陥りやすい生き辛さの傾向に

  • 他者の為に自分自身を疲弊させているという事に気が付かずに他者のために生きてしまう
  • 自分を削ってまでも他者のために頑張りすぎてしまう
  • 自分のことは常に大丈夫と後回し・・・

というのがあります。

過酷な環境を生きるための戦略として「クールな観察者」や「大人びた子ども」として生き抜いてきた方々は「相手の顔色や空気の微細な変化を察知する能力」を極限まで高めてきました。この「高すぎる察知能力」が、自分を削ってまで相手をケアし続ける「ケアラーの罠」に繋がっています。自我が芽生える以前にその能力を体得してしまっているので、無意識に、反射的に、スーパーナチュラルに行動してしまっている自分がいるので、これが「私の性格」であり「私の長所」だから、他の生き方はできないと思い込んでしまいがちなのです。

でも、「察知する力」は行き過ぎると、時に自分を縛る鎖になります。相手の心が見えすぎてしまう時こそ、『自分自身の領域を意識して築く』つまり『自分自身の領域=境界線(バウンダリー)を守ること』が求められます。自分自身をケアする愛であり、相手にとってもまた、それは冷たさではなく、「相手の力を信じている」という愛でありメッセージ。境界線は、自立した個人として互いを尊重し合える関係性を築くために必要な「相互愛」とも言えるのではないでしょうか。

健全な境界線を築くには?

  • 「察知」と「介入」を切り離す
    察知能力が高い人は、「気づく=自分が責任を持って対処しなければならない」と直結して考えがちです。「気付いたからには、そうしないのは思いやりがない」と自分を責めてしまうことも。でも本来は「相手の状態をただ推測する」という心の動きをコミュニケーションに活かすだけで十分で、「助ける」ことはセットではありません。「気づいてしまったけれど、相手の課題に踏み込まない」という「介入しない(おせっかいしない)」という選択を取る「スルーする力」を身につけることもとても重要です。

 

  • 「相手の感情と自分の感情」を意識する
    自分の境界線が曖昧なとき、相手の気持ちを想像しているつもりでも、実は「相手にこう思われたら怖い」という自分の不安を相手に投影している場合があります。相手をケアすることで自分の不安を解消しようとしていないだろうか? それは「相手のため」ではなく「自分の安心のため」の介入になっていないだろうか? 「相手の感情は相手のもの。私の感情は私のもの」という物理的な仕切りを意識して「自分の心の状態」を観察します。

 

  • 「自分の身体の状態」を優先する
    察する力に注いでいるエネルギーの半分を、自分の内側の神経系の状態に向けてみます。「今、相手の痛みに気づいて私の交感神経が上がっていないか?」「呼吸が浅くなっていないか?」 ケアラーこそ、相手の安全基地になる前に、まず自分自身の身体を「安全」にする事が欠かせません。自分が枯渇しては、本当の意味での支援は成立しないからです。

【余談】ひろゆき氏とゆかさんという夫婦関係の考察

この漫画の中で描かれる論破王のひろゆき氏の日常と彼の発達ユニーク強めなエピソードに触れ、他人事だから笑って済ませられるけれど「妻のゆかさんという方はどういう方なんだろう?」「なぜこんなに全受容できるの?!」と、ゆかさんの生い立ちに関心を持ったのをきっかけに妻ゆかさんの自叙伝「転んで起きて – 優秀じゃない私の生存戦略」も読んでみました。以下は私の個人的考察です。

ゆかさんご自身、育ちの中でたくさんの傷を負い、父軸トラウマによって「境界線」を守れなかった、築けなかったという発達性トラウマを抱えている方でした。

一方で、夫ひろゆき氏は「俺は俺」という自分という輪郭が際立っていて、マイワールド強めだけれど気遣いもできる人。コミュニケーション能力を備えている「俺は俺」という人は、自分で自分の機嫌が取れる自由な人だから、相手の自由を奪うことはしません。「君は君だよね」と当たり前に尊重し、変えようとしたり、支配してきたり、相手の領域を侵略してこないんです。「境界線が曖昧な人」にとって、実はこうした「俺は俺」という人は、相手の境界線が曖昧であったとしても決して相手の領域を侵してこないので、脅威の対象にならず安心して過ごす事ができるのですね。ゆかさんは「夫ひろゆきという安心と安全の土台」を得て、結婚生活を通してご自身の建て直しをしてきた方なのだな〜と考察しました。

不本意ながら「境界線が曖昧な人」が引き寄せてしまうタイプには、「俺は俺」と似ているようで異なる「自閉スペクトラム気質」があります。一見「俺は俺」風な人で、干渉してこない事に安堵して心を開いたものの、他者への関心が低いという特性故であった場合には、夫自身が夫婦の関係性を育んでいくためのコミュニケーションの土台となる「安心と安全の港」になれず、元々曖昧だった境界線ゆえに、妻の生きづらさは増し、相手に合わせすぎた結果支配やコントロールを受けてしまうという不本意な顛末になってしまうケースも見受けられます。様々なケースがあるので決してどちらが良い悪いという問題ではなく、互いの課題や特性の噛み合わせによって起きる事とはいえ悪気はなくても傷つけ合ってしまうという現実があります。

境界線の課題がある、発達性トラウマを抱えている、という方は大人になってからのパートナーシップから複雑性トラウマに繋がっていってしまう可能性は少なくありません。パートナーを選ぶ際、あるいは現在の関係性を見つめ直す際にも、この見極めはとてもとても大事な事だなと、改めて感じました。

 




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